Activity2025年度の活動内容

「私にとって友愛とは」友愛小論文コンテスト 鳩山会館で開催
千代田教育グループ在日学生と、友愛ユニオンのテーブルディスカッション

テーブルディスカッションのテーマは、「日本で感じたカルチャーショック」

「私にとって友愛とは」友愛小論文コンテスト 鳩山会館で開催千代田教育グループ在日学生と、友愛ユニオンのテーブルディスカッション

鳩山由紀夫理事長挨拶(撹上哲夫理事代読)

千代田国際学院の皆さん、千代田教育グループのそれぞれの専門分野で学んでいる皆さん、こんにちは。
友愛Foundationの鳩山由紀夫です。
今日は皆さんと、友愛のメンバーとの交流会とのことで、若者同士の活発な意見交換がされることを楽しみにしています。

せっかく鳩山会館においでくださったのに、参加できず申し訳ありません。
鳩山会館は、私が幼少の頃を過ごした思い出の場所です。
弟の邦夫と庭でキャッチボールをして絵に穴をあけてしまったり、貴重なステンドグラスを割ってしまったり、やんちゃ時代を過ごした場所です。
庭のバラの茂みにボールが入ってしまうと、バラの棘に刺されながら、ボールを取りに行くのは、いつも私の役目でした。
今の時期はバラが咲いていませんが、5月、そして10月には、世界中から寄せられたバラが沢山咲きます。どうぞその頃にでもまた鳩山会館にお越しいただき、バラを楽しんでいただけたらと思います。

友愛の理念を大切に、これを広めようと尽力した祖父鳩山一郎が好きだったバラ「ピース」も庭の数カ所に植えられています。是非皆さんに鳩山一郎の思いを知っていただきたいと思います。
日本にいらして日本語を学んでくださっている皆さんは、言葉を超えて平和を繋ぐ大事な懸け橋となる方々です。今後のご活躍に大いなる期待を寄せております。

今日は友愛の若手メンバー「友愛ユニオン」との交流を通して、次世代の皆さんが描く平和の姿を探っていただけたら幸いです。

言語を学ぶということ 森崎桃子

今回の千代田国際語学院の学生の方々との交流は、言語や文化の違いを超えた相互理解について改めて考える貴重な機会となりました。私がお話しさせて頂いたグループの方は、まだ日本語を学び始めたばかりの方も多く、中国語も交え、中国語で会話した内容は日本語勉強歴が長い方にまとめて翻訳していただきつつ、交流を深めました。
日本に来て感じたカルチャーショックをテーマに会話しましたが、互いに考えや想いを自身の言語では完全に伝えられない中でも、お互いが相手を理解しようと会話を続けることで、共通点を見つけたり、新しい発見をしたり、相手の伝えたいことが理解できたときの喜びは大きかったです。
様々な違いを乗り越えて、お互いを理解するには、時にお互いのことが分からない状況を受け入れて、コミュニケーションを続けようとすることが求められます。これは、言語や文化の違いを超えた交流だけでなく、家族や友人との日常の会話にも共通していることかもしれません。個人がおかれる状況は日々の生活や社会情勢の中で刻々と変化しますが、その中でも辛抱強くお互いを理解しようとする営みを今後も大切にしていきたいと思います。
また、現在は様々な便利な翻訳ツールが増え、言語を習得しなくともお互いの考えや思いを伝える手段は多様化し、言語を学び続けることの意味が希薄になっている様にも感じられます。その中でも、今回の交流を通じて自分の考えや想いを自分の言葉にして相手に伝える営みから生まれる楽しさや面白さを改めて感じ、この楽しさや面白さが、今後も様々な人が言語を学び続けるモチベーションになると思いました。

この先の文化を考えること 藤田脩椰

小論文コンテストの一環として、「日本に来て感じたカルチャーショック」というテーマで千代田教育グループの留学生たちとテーブルディスカッションを行った。
参加者は中国からの留学生が多かったが、私が参加したテーブルは中国やベトナム、ネパールといった複数の国からの留学生からなり、日本と出身国、だけでなく、留学生の出身国同士の違いについて話す場面も生まれた。
ディスカッションの中で印象に残ったのは、中国やベトナムでは昼寝の習慣があるという話題である。日本では、学校や職場といった公の場で昼寝をする習慣はないが、彼らの国では公の場でも昼食後に長めの休憩を取り昼寝をする文化があると聞き、とても興味深く感じた。日常生活の中の小さな習慣であっても、国によって当たり前が異なることを実感した。
このように各国の文化について紹介しあう中で、同じ話題についても受け止め方や考え方が異なった。こうした対話を通じて、文化とは単に差異を比較するだけでなく、持ち寄り、理解しあう過程の中で新たな形が生まれ得るものであると思った。国際交流の意義のひとつは、こうした交流を通じて文化の差異を認識するだけでなく、これを出発点として新たな価値観や文化をはぐくんでいく点にあると感じている。
また、テーブルごとの発表の場面も印象深かった。ディスカッションに参加した留学生たちが、大勢の前で日本語で話すことに慣れていない様子でありながらも、人任せにすることなく、自分の言葉で伝えようと言葉を選びながら発表していた。その姿から、自分の考えを伝えようとする意志を感じ、国や言語の違いを超えて交流しようとする姿勢の大切さを改めて実感した。
今後も、国際交流や相互理解といった営みをこうした特別な場のものと思わず、日常の小さな対話を通じて積み重ねていきたい。

人との「距離感」 土屋京香

ディスカッションでは、カルチャーショックを起点に、日本での生活や日本人と友達になる方法などについて話しました。さまざまな意見や経験が交わされるなかで、日本人と友達になる難しさとして「距離感」があると、グループの留学生が満場一致で同意しました。
プロクセミクス(近接空間学)を提唱したエドワード・T・ホールは、文化によって人がとる距離は異なると述べています。
例えば、ある人が同僚に対してとる距離は、別の人にとっては家族や恋人に対してとる距離である場合があり、そのような齟齬が摩擦を生んでしまうというのです。相手との距離は非言語コミュニケーションにも含まれ、発せられた言葉と同様に受け手に伝わるため、実は「距離感」というものは非常に重要なのではないでしょうか。
私のいとこの祖母は中国人なのですが、初めてお会いした際、親戚ということもあり、気づけば私はその方と腕を組んで歩いていました。日本人の場合、親戚であっても初対面かつ大人同士であれば、なかなかスキンシップはありません。ですが、中国では家族や友達との親しさが、実際に目に見える形で表現されるのです。
東アジア地域では、根底に共通性があるからこそ、表面的な違いが理解されにくかったり、違いが浮き彫りになるからこそ、共通性が見えにくかったりすると思います。留学生からは、「距離感」をはじめとするさまざまな違いを認識し、その難しさを感じながらも、日本人と友達になりたいという思いから、相手を尊重したいという意見が出ました。
今日の交流会を通して、目に見えず言葉では説明しづらい違いは、確実に異なる文化の間に立ちはだかるのだと実感しました。同時に、相手をわかろうとする気持ちや相手を尊重する行動、そして対話を重ねる努力が、「違いを完全に理解すること」ではなく、「多種多様な違いを乗り越えること」につながるのだと発見しました。

「働かされる」と「働ける」 巳上小楽咲

ぽかぽかとしたお日様が鳩山会館を照らし、春の訪れを感じさせる二月末の日、千代田教育グループの学生らとの交流会が行われた。 この経験は、単に異文化の違いを知る機会というだけでなく、違いをどのように理解し、受け止めるべきなのかを考える契機となった。
「日本に来て感じたカルチャーショック」というテーマをもとに、私たちのテーブルでは、人生を「学生時代」「社会人時代」「引退後」という三つの時間軸に分け、さらにそれぞれを「仕事」と「私生活」の側面から考えるという枠組みを用いた。
この方法によって、日常生活の違いを挙げるだけではなく、それぞれの社会の価値観や人間関係のあり方が、人々の生き方にどのように影響しているのかを多角的に考えることができた。
特に印象に残っているのは、ある留学生が日本の定年年齢の引き上げが進んでいることに言及した際のことである。そこで私は、その状況について「どのように改善すべきだと思いますか」と尋ねたところ、別の留学生が「そういうことではないと思います」と言ってくれた。 話を聞き進めていくと、私は七十歳まで働くことを「働かされる」という問題として捉えていたのに対し、その留学生は「働ける」機会として前向きに捉えていることが分かった。
このやり取りから、客観的には同じ状況に直面していたとしても、その受け止め方は異なる文化的背景を持つ人同士の間で異なることに気づかされた。 人はそれぞれ固有の主観的な世界を持ちながら生きている存在であり、自分の理解だけで相手を捉えようとすれば、互いの認識はすれ違ってしまう。だからこそ、互いの主観的な理解を言葉にして交わし、理解可能な形へと組み替えていく「対話」というプロセスが不可欠なのだと感じた。
そして、国家間関係の緊張が高まる場面も少なくない現代に生きる一員として、その状況を個人同士の理解を妨げる障壁とするのではなく、対話を通じてつながる草の根の交流の担い手であり続けたいとの覚悟を改めて胸に刻んだ。

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